昭和九年陸軍特別大演習並地方行幸 桐生記念写真帳 

桐生記念写真帳
桐生記念写真帳

郷土史コーナーにはどういういきさつで誰が書籍にしたかよくわからないものがあったります。今回はその中の1冊「昭和九年陸軍特別大演習並地方行幸 桐生記念写真帳」です。タイトルが旧字で67ページ程度の冊子にちかいもので説明文はほとんどなくほぼ写真のみというものです。奥付は

発行 ファッションタウン桐生推進協議会フィールドワーク桐生プロジェクト事務局
出版 2018年3月
製作 桐生森芳工場運営委員会
協力 桐生市教育委員会

とあります。 簡単にいえば明治25年(1892年)から始まった旧日本陸軍の大規模演習が昭和9年(1934年)に関東地方で行われ、その際に昭和天皇が桐生を行幸されたときの写真になります。これは推測ですが昭和11年(1936年)に桐生市発行の「昭和九年陸軍特別大演習並地方行幸桐生市記録」をまとめたものかもしれません。古本でもでまわっていますが現在は国立国会図書館デジタルコレクションでも閲覧できます。

国立国会図書館デジタルコレクションサイト

昭和九年陸軍特別大演習並地方行幸桐生市記録

軍の演習とあるので兵器マニアが喜びそうな戦車や兵隊の写真と思われるかもしれませんがそのようなものはなく行幸にあたっての街並みや雰囲気が伝わるもののみになっています。演習を映した写真は群馬県が昭和10年(1935年)にまとめた「昭和九年陸軍特別大演習並地方行幸記念写真帖」のほうに掲載されていますのでご安心を。

昭和九年陸軍特別大演習並地方行幸記念写真帖( 国立国会図書館デジタルコレクション サイトより)

「桐生記念写真帳」を図書館で借りてとりあげたのはある短編がサイトに掲載されているのをみたからでした。

聖駕の秋 昭和九年陸軍大演習と昭和天皇の行幸 桐生市における昭和天皇誤導事件」作者 久保 親弘

昭和9年の桐生市を説明するために桐生市の政治(市長選任の様子)やスキャンダル(桐生火葬場事件)、経済状況などが書かれていて昭和天皇行幸にあたって準備や実際の様子がとても伝わりやすくかかれています。行幸にあたっては「昭和天皇誤導事件」がおき、その内容が当事者の視点で描かれています。

奉送迎者位置覧

みづらいかもしれませんが予定では桐生駅をでて最初に桐生西尋常小学校(現 桐生市立西小学校)を訪れてから桐生高等工業学校(現 群馬大学工学部の母体)という順序が道を間違えて逆になっています。鹵簿(ろぼ ー行幸の行列)を先導した群馬県警察部警部が責任をとって自決(一命を取り止めた)したそうで今の価値観で過去を振り返るのはナンセンスと承知しつつも自決に賞賛、のちに励ましという民衆の無責任な世論には辟易してしまいます。

戦後になっても天皇がある会社に来るというだけでもおおごとですから当時はなおさらだったのだと思いますが・・・

桐生駅前奉迎門

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