川嶋伸行「きりふのしほり」桐生の歴史調査報告

川嶋伸行「きりふのしほり」桐生の歴史調査報告

川嶋伸行 発行
2014年9月26日 発行

きりふ明治・大正・昭和

桐生市立図書館で郷土史コーナーから借りてきました「きりふのしほり」桐生の歴史調査報告 ですが毎度書き出しで困ります。どういうことかというとこれがいったいどういう目的で書かれたものなのか、またはどのような媒体で連載していたのかを簡単に説明しようとすると簡潔に書いていないのです。冒頭の発刊に際してコメントを残された方の話しをかいつまんでまとめると、

・川嶋伸行氏 - 桐生市議会議長も務められて文化活動にも貢献された方
・歴史資料紙「きりふ明治・大正・昭和」(平成19年第1号発行)を合本されたもの
 ※歴史資料紙「きりふ明治・大正・昭和」のサイトが残っていました。(サイトはこちら)ただ86号が最新で更新が途中で終わっているようです。
・公式資料だけでなく絵葉書(とその写真や広告)に着眼点をおき、桐生の近現代地域史としてまとめたもの。

になると思います。「きりふのしほり」は歴史資料紙「きりふ明治・大正・昭和」第1号から63号までをまとめたものになっています。そんな中から気になったエピソードをご紹介します

第2号「光明寺鉱泉 明治40年11月」

第2号「光明寺鉱泉 明治40年11月」

桐生にはかつていくつかの温泉があった話しはこれまでにもしていますがこの内容を読むと頂上に御嶽山神社があるといっていますので現在の光明寺あたりで間違いないかと。ある程度場所が特定できましたので今度光明寺へ行ってみようかと思います。

昭和41年ごろまで営業していたとあります。桐生の温泉はだいたい閉業していますがなぜんなんでしょうかね。おかげで遠くまでいかないとはいれなくなってしまいました。

第43号「学生たちのオアシス 森永キャンディーストアー」

第43号「学生たちのオアシス 森永キャンディーストアー」

資生堂パーラー、雪印パーラーなど昭和ノスタルジックを連想させるワード「パーラー」。そしてあらたに「キャンディーストアー」が連想ワードに追加されたのでした。※「キャンディーストア」ではなく「キャンディーストアー」であることも重要です。

森永キャンディーストアーの1号店が東京駅前丸ビル内にオープンしたのは1923年(大正12年)4月。桐生店は1938年(昭和13年)の12月25日のクリスマス。場所は一時的に閉店した山亀呉服店とあり、本町5丁目「桐生市観光情報センター シルクル桐生」のとなりが山亀ビルというのでここに間違いないかと。通常大都市のみに展開される店舗がなぜか足利市と桐生市にだけ開設された経緯が書いてあります。足利市のほうは戦時中ということもあり昭和19年に一時的に閉鎖されたようですが桐生にその記録はないそうです。やはり昔は潤っていた町ということでしょうか。ひとまわりまわってこうした郷愁ただよう店舗は桐生に似合うかもしれませんね。

第23号「海外で好評を博した桐生の洗濯機」

第23号「海外で好評を博した桐生の洗濯機」

最近では手回し洗濯機がまた電気がいらずまた非常用として「ポータブル洗濯機」なる名称で世にでています。実は昭和30年代には開発されており、ぐるっと1周まわってきた感じです。ジェット洗濯機として桐生の真木産業が製作していたと記述があります。手回しのほうはそれなりに知られているようですがその前身の機械に携わった方たちの足跡がみてとれます。それにしても「かもめホーム洗濯機」は「スプートニク洗濯機」というほうがあっていると個人的には思います。

まとめ

合本ということもあって項目が多いのですがなかなか公式記録やネットではわからない内容が満載です。桐生の昔を懐かしむというよりは昔の桐生はこうだったんだという印象をうける内容が多いですね。私が桐生出身ではないので特にそう感じます。

桐生で生まれ育った方と他所からきたものでは今までの土台が異なりますので受けるイメージは異なるのでしょう。記事の内容をみるとある程度桐生のことを知っている方にむけて書いてあるようで知識や興味がない人には少々とっつきにくいかもしれません。さらにこの本は第2弾がでていますのでその紹介は次回にしようと思います。

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